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天竜川流域について

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過去の大規模災害

 天竜川上流域は、地質構造がもろいことや険しい地形であること、また、山岳部で降水量が多いことなど、土砂災害の発生しやすい環境下にあります。そのため、過去幾度も災害にみまわれてきました。

三六災 (1961年6月)

 昭和36年6月、台風6号の接近と梅雨前線の停滞により、伊那谷では1週間で年間平均雨量の3割を超える豪雨(飯田観測所:総雨量579mm<6/23~7/1>)を記録しました。この豪雨のため、各地の支川で大増水となり、天竜川本川や支川の各地で堤防の破堤、氾濫が発生しました。

 この三六災の被害を大きくした最大の要因は、土砂災害です。流域の各地で土砂崩れなどの土砂災害が発生し、その数は伊那地方全体で1万ヶ所を超えたとされています。特に、大鹿村では、6月28日に大西山が大崩落して32戸が流失、死者40人、行方不明者15人を出すという大惨事が発生しました。一方、中川村の四徳集落では、四徳川からの鉄砲水により集落が流されると同時に土砂崩れによる災害が発生し、集落が壊滅状態に陥りました。

 この災害後、天竜川では河川改修計画の変更や土砂災害対策などが全面的に実施されることになりました。

崩壊した大西山

崩壊した大西山

被災前の四徳地区(昭和24年)と土石流で全滅した四徳地区(昭和36年)

被災前の四徳地区(昭和24年)と土石流で全滅した四徳地区(昭和36年)

小渋川合流後の天竜川本川の被災状況

小渋川合流後の天竜川本川の被災状況

伊那山地の崩壊状況

伊那山地の崩壊状況

写真撮影の位置

写真撮影の位置

三六災害関係の取組はこちらからご覧いただけます。

三六災害から60年の取組 三六災害から50年の取組 三六災害アーカイブス

昭和58年台風10号災害 (1983年9月)

 昭和58年(1983年)9月25~29日にかけて、台風10号の影響により、伊那谷全域で記録的な豪雨を観測しました。雨量は、天竜川流域では最悪の被害をだした昭和36年(1961年)の三六災害以来と言われるもので、各地で河川の氾濫、堤防の破堤、土砂崩れなどが発生し、死者・行方不明者をだしたほか、家屋の破壊・流失や浸水、道路や鉄道が寸断されるなどの被害が発生しました。

 甚大な被害を及ぼしたことから、河川激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)を実施しました。

濁流であふれる天竜川と浸水した飯田市松尾地区

濁流であふれる天竜川と浸水した飯田市松尾地区

飯田市松尾地区の浸水状況

飯田市松尾地区の浸水状況

中央自動車道松川~駒ヶ根IC間に堆積した土石流

中央自動車道松川~駒ヶ根IC間に堆積した土石流

平成18年7月豪雨災害 (2006年7月)

 平成18年7月15日から、梅雨前線は本州付近に停滞し、南からの暖かく湿った空気の影響で活動が活発となり、長野県内では18日夕方から、記録的な豪雨となりました。特に諏訪湖上流域、伊那伊北地区の天竜川右岸地域で多量の降雨を記録しました。諏訪観測所では2日連続で日雨量が観測史上第2位、第3位となったうえ、24時間雨量で223mm、48時間雨量では317mm、辰野観測所においても24時間雨量で246mm、48時間雨量では335mmの観測史上最大となる雨量を記録しました。

 このため、諏訪湖が計画高水位を上回り、周辺では甚大な浸水被害が発生しました。JR中央本線や国道20号などの交通機関も約37時間にわたり全面通行止めとなりました。

 天竜川本川では、田畑等の浸水被害が12地区で発生し、殿島橋が落橋したほか、箕輪町松島地区の堤防決壊をはじめとする直轄河川管理施設の被害が18箇所で発生し、被災範囲は箕輪町から飯田市までの広範囲に及びました。

 また、各地で土石流が発生し、死者をだしました。天竜川流域では、昭和58年の災害以来、23年ぶりに河川激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)を実施しました。

詳しくはこちら(激特事業)
天竜川本川(箕輪町松島地区)の堤防決壊箇所

天竜川本川(箕輪町松島地区)の堤防決壊箇所

諏訪市の浸水状況

諏訪市の浸水状況

国道153号の寸断(辰野町)

国道153号の寸断(辰野町)

護岸決壊(辰野町)

護岸決壊(辰野町))

昭和橋(辰野町)

昭和橋(辰野町)

堤防決壊箇所(箕輪町松島地区)

堤防決壊箇所(箕輪町松島地区)

落橋した殿島橋(伊那市)

落橋した殿島橋(伊那市)

護岸流出(飯島町)

護岸流出(飯島町)