豊川流域の歴史

 豊川では、毎年のように渇水により取水制限が行われています。

 豊川の水は、豊川用水事業(昭和43年完成)によって、宇連ダムや天竜川水系からの導水などが行われ、東三河地域や静岡県湖西地域の水利用に応えてきました。豊川は他の河川と比較しても、流域の規模(面積)に対して、広い範囲に水を供給しています。
 しかし、平成17年は6月から8月にかけて、最大で水道用水20%、工業用水・農業用水30%の節水を行うなど毎年のように渇水に見舞われており、中部圏においても最も水需要が逼迫している地域です。


過去の取水制限の状況(昭和52年~平成20年)
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 平成18年の渇水の時の宇連ダム(平成18年1月)
 川底が露出する大野頭首工下流のようす
 応急井戸掘りのようす(平成6年の渇水)

 豊川ではこれまでにも、堤防の決壊などによって、尊い人命や財産を失ってきました。

 豊川では、これまで幾度も洪水による被害を受けてきました。戦後最大の洪水として記録された昭和44年8月の洪水では、7棟の家屋が流失し、919棟が半壊・床上浸水しました。
 このため、放水路の整備(昭和13~40年)や、豊橋市内の狭窄部の改修工事(昭和46~62年)などを実施してきましたが、近年でも洪水被害が発生しており、洪水を安全に流せる状況には、至っておりません。
 近年では、平成15年8月の台風10号によって、石田地点で戦後5番目の水位を記録しました。


流域の人家や農作物に大きな被害をもたらす、豊川の洪水

豊川の年最大流量グラフ(新城市石田地点)


豊川の年最大流量グラフ(新城市石田地点)

発生年月日 被害の内容 ※ 石田地点の流量
明治37年7月 死者・行方不明者29人、負傷者10人、全壊流失218棟、半壊329棟、床上浸水4,514棟、床下浸水3,144棟 約6,000m³/s
昭和34年9月 死者11人、負傷者255人、全壊流失904棟、半壊流失2,550棟、床上浸水241棟、床下浸水801棟 約3,200m³/s
昭和40年9月 負傷者5人、全壊流失1棟、半壊2棟、床上浸水179棟、床下浸水3,121棟 約3,000m³/s
昭和43年8月 死者6人、負傷者10人、全壊流失28棟、半壊21棟、床上浸水247棟、床下浸水1,602棟 約3,400m³/s
昭和44年8月 全壊流失7棟、半壊・床上浸水919棟、床下浸水838棟 約4,600m³/s
昭和49年7月 死者1人、負傷者8人、全壊流失8棟、半壊41棟、床上浸水1,073棟、床下浸水6,705棟 約3,800m³/s
昭和54年10月 全壊流失4棟、半壊4棟、床上浸水34棟、床下浸水156棟 約4,400m³/s
昭和57年8月 負傷者5人、半壊1棟、床上浸水118棟、床下浸水1,158棟 約2,900m³/s
平成3年9月 床上浸水1棟、床下浸水17棟 約2,700m³/s
平成6年9月 負傷者19人、全壊流出6棟、半壊84棟、床下浸水1棟 約3,000m³/s
平成12年9月 一部損壊3棟、床上浸水4棟、床下浸水22棟 約2,700m³/s
平成15年8月 一部損壊2棟、床下浸水5棟 約3,400m³/s
平成16年6月 一部損壊3棟、床下浸水1棟 約3,000m³/s
平成16年10月 床下浸水2棟 約2,400m³/s
被害の内容は「愛知県災害誌」、「災害の記録」(愛知県)による豊川沿川市郡町村単位の合計値。
ただし、昭和44年8月洪水は「水害統計」による水系全体の数値。
被害の内容は集計上、支川被害、内水被害を含む。


 昭和10年8月29日の出水
 (豊川市当古町)

 昭和12年7月16日の出水
 (豊川市当古町)

 昭和28年9月25日台風13号による洪水
 (豊橋市牟呂町)
写真出典: 「中日新聞」
「母なる豊川 流れの軌跡 豊川改修60周年記念」
「とよがわの川づくり」(国土交通省豊橋河川事務所)

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