ざざむし通信 第22号(2013/01/16) カテゴリー ヘッダーの画像

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ざざむし通信 第22号(2013/01/16)

伊那市消防団の出初式(平成25年1月13日 日)

伊那市出初め式

伊那市の出初め式に参加しました。消防組織の行事なので、水防的関わりはあまりないのですが、昨年は私用でご無礼しましたので、今年は参加することにしました。

消防団は活動時に公務員となる非常勤の特別職公務員の組織ですが、ボランティア的な消防組織を有する国は多いようです。アメリカもそうですし、ドイツもそのようです。活動の充実度とか、専任的消防組織との役割の比重なども各国それぞれで、国によってはボランティア的組織を持たない国も多いようです。

表彰を中心とする式典と伊那市街地のパレードを行う2部に分かれます。パレードはボランティア的組織の披露の場ですが、季節的なこともあってか、ギャラリーが少ないのが残念でした。しかし、14日の大雪を思えば、よい天気で何より。

熊長=竹澤長衛さん(平成25年1月7日 月)

竹澤長衛物語

伊那市建設部長の松尾 修さんが書いた書籍「南アルプス開拓の父 竹澤長衛物語」を購入し、年末年始のお休みで読みました。読みやすく、楽しく読むことができました。

河川の勢いでみれば、天竜川の本川は三峰川のようなものです。その源流、仙丈ヶ岳を登る現在のルートは、市営バスで北沢峠まで行き、尾根ルートか薮沢ルートがメジャーな登山行程となります。

北沢峠にある「長衛荘」はその拠点となる山小屋で、その長衛なる人物は南アルプスの登山史の黎明期に活躍した。くらいしか知りませんでした。この本の竹澤長衛なる人物の共感を持って書かれた文書によって、著者とともに長衛さんの魅力にぐいぐい引き込まれていきます。

いまでは日帰り登山ができる仙丈ヶ岳、甲斐(東)駒ヶ岳を知っていると、さらに愛着のわく読書となりますし、登ってみたくなるでしょう。

わたしも一度あきらめた3000m級登山ですが、この夏にむけて準備しようかな。

中井用水(平成24年12月27日 木)

中井用水取水口

箕輪町にある中井用水取水堰は、近年傷みが激しくなっていて、心配な農業用水の取水堰です。

水を取り込むところは堰の上流西側(右岸)にあるのですが、どのようにその場所に行けるのか、不思議なところでした。過去に一度チャレンジしたのですが、付近に道はないし、周辺は崖です。住宅街をうろうろしても、行けそうなルートが見つかりませんでした。

再度チャレンジしたら、見つかりました!わかりにくいルートでしたが、ようやくたどり着くことができました。降り口まで来れば鋼製の階段で安全ですが、そこまではあぜ道を進むことになります。

水防演習会場(平成24年12月26日 水)

三峰川合流点

水防演習会場のサテライト会場について、前進がありました。

多くの皆さんがビックリされることですが、天竜川や三峰川には民地がたくさんありますので、その協力や了解をいただく必要があるのです。会場候補地として地元から要望があり、演習に必要な色々な条件をクリアしたこの場所の了解が得られました。

場所は三峰川合流点付近。ここなら、演習の状況を皆さんにも眺めていただけます。

三峰川の歴史的遺産とは(平成24年12月20日 木)

三峰川航空写真

今天竜川上流河川事務所では「人と暮らしの伊那谷遺産プロジェクト」の取り組みを始めました。我が管内にもその遺産となるものは有形・無形を問わず色々あると思うのですが、「市民団体 三峰川みらい会議」からも『三峰川にはたくさん該当遺産があるんだ』と提案をいただきました。

  • 数多くの霞堤防
  • 桜堤、防災林
  • 破堤跡
  • さんよりこより(祭り)

当然、三峰川の霞堤や「さんよりこより」は当然ノミネートされるでしょう。市民団体と連携したガイドツアー(エクスカーション)などを発展させたら盛り上がると思います。ああ、南アルプス・ジオパークとの連携も外せませんね。

個人的には「六道の堤」や明治大正期の「河川測量図」を推したいところ。

狐島ひ管の補修のいま(平成24年12月19日 水)

狐島ひ管の補修工事

狐島ひ管は国土交通省の管理する排水ひ管です。場所は伊那市の桜橋下流左岸(南東側)にあります。近年、ひび割れが発見されていまして、その原因を探るべく、いろいろ調査計測をしてみたのですが、はっきりとした原因がわかりませんでした。

今回、直接護岸をめくって対策を考えることとし、現在川の締切りを行っています。川の中の工事は、洪水のこない時期に限定されますので、冬場は集中してしまいます。堤防道路を通行している方も多い場所ですが、ちょっとした不便をおかけします。工事へのご理解とご協力をお願いいたします。

橋の点検技術(平成24年12月18日 火)

N2Uブリッジ

いろいろな説があるようですが、1954年から61年が高度成長期ということにすれば、この時代に多くつくられた構造物は50年を経過するということです。

この時代の設計基準、施工基準は今のものと比べれば劣るものが多く、50年という期間は、経年劣化の始まるお年頃なのだろう。多くの橋もそんな年齢を迎え始めている。よいものを末永く愛用したい。例えば、中川村にかかる坂戸橋は昭和7年の作品。国の登録有形文化財となっています。

安全に永く使っていくためには、劣化部分の診断とメンテナンスが必要です。表面に表れるものはわかりやすいですが、内部の劣化の診断には高度な技術の習得が必要。私たちもメンバーになっている「伊那施工技術研究会」の品質部会は名古屋大学構内にあるN2Uブリッジで研修。

地域の安全を支える技術です。

霞とは何?(平成24年12月17日 月)

霞棚

1987年に新潟大学の大熊 孝さん(現在名誉教授)の「霞堤の機能と語源に関する考察」が土木学会のアーカイブにあります。

三重県の雲出川や愛知県の豊川はゆったりと流れる場所に堤防の不連続があり、そこからあふれる河川洪水が遊水して下流の水害を軽減させるもの。同じ堤防不連続でも、急流河川ではその効果は発現しにくいです。なぜなら、遊水部分も勾配があるので、容量がごくわずかであることです。ではなぜ霞堤があるのか?

これらの堤防の不連続形状は古い時代から存在し、現代は「霞」とか「霞堤」といっていますが、江戸時代はそういう言葉がありません。「雁行ニ差次シテ重複セル堤」と表現されていたようです。「雁行(ガンコウ)」は空を飛ぶ雁(ガン)の列の形をいい、ハの字が重複しているようすだといえるでしょう。

河川工学の安芸皎一先生は急流河川で多く見られる霞堤を「内水排除機能」と「はん濫水還元機能」と述べている。世間的に「霞堤は洪水調節機能」といわれている見方を疑問に思ってきました。まったく賛成です。

さて、その「霞」の語源ですが、明治24年の西師意著「治水論」に「霞形堤」という言葉が2箇所出てくるらしい。不連続堤防の意味で徐々に使われ始め、大正時代には一般的に広まったようだ。不連続堤防が「霞」と称される理由は?1つは形状が「霞棚」「霞もよう」「霞紋」に似ている。2つは「霞網」のたるみが遊水地形状に似ている。大熊氏は述べていないが、3つとして遊水池貯水の水面から霞が立つというもの。

どれが正しい?