ふじあざみ58号(2)
基礎知識 富士山の火山防災(その2)火山防災対策としての取り組みについて最新の考え方を紹介します
 前回は、山梨県環境科学研究所客員研究員である池谷浩先生に「火山災害から自分の命を守るために何をすべきか」について、解説していただきました。今回も同じく池谷先生に富士山噴火による火山現象を想定した「ハード対策」と「ソフト対策」についてわかりやすく解説していただきます。

 ハード対策の意義

 災害時には、「どこが危険か、どこが安全な場所か」を事前に知っていることが重要です。皆さんの家や財産を守るためにも、また安全な場所を少しでも多くするためにも、ハード対策の実施は大変意義があります。特に今後少子高齢化が進む我が国において、災害時に自分の力だけでは避難することが困難な方が増えてきます。この方々の為にも、安全な場所を身近なところに作る対策が求められています。富士山の山麓には、標高1000~2000mあたりに樹林地帯があります。この樹林地帯は、山頂や山腹からの火山噴火による現象をコントロールして、住家など生活の場への影響を減少させる、いわゆる緩衝帯の役目を果たすのに良い場所と言えます。そこで平常時には富士山の自然や火山活動の実態を学ぶ場として、またいざという時には災害を防止、軽減するためのハード対策の場として活用することが考えられます。

砂防施設による溶岩流対策 

 過去の富士山噴火時に発生した現象として最も多いのが溶岩流です。そこで富士山ハザードマップ検討委員会が、検討の対象とした約3200年前以降の溶岩流の発生回数とその規模を見てみると、約70%は約2000万m3以下の溶岩流で占められているのです。そこで、溶岩流対策の対象規模を例えば2000万m3程度(富士山ハザードマップ検討委員会では富士山の噴火規模について2000万m3以下を小規模噴火と定めている)としてハード対策を実施すると、かなりの火山噴火時の安全確保が可能となります。それは火山泥流や土石流の発生量も、2000万m3以下となる可能性が大きいからです。また、例えば青木ヶ原を作った溶岩のように、多量の溶岩が万が一流れ出ても、約2000万m3までの間はハード対策により、下流への溶岩の流下を防ぐことができます。そこでかなりの時間、溶岩の流下が止まります。すなわち、住民が避難する時間を稼ぐことができ、慌てなくても安全に避難することが可能となります。

噴火規模と発生頻度表

 「ハード対策は、富士山の景観に悪影響を与えるのでは?」と懸念されている方々がいるかも知れません。特に世界遺産登録を考えておられる方々は、一層心配されるのではないかと思います。しかし、どうぞご安心下さい。例えば、先の溶岩流対策を真白いコンクリートむき出しの構造物のままで置いておくことはしません。例えば溶岩流の力に耐えるコンクリート構造物を作り、その周りに土をかぶせてマウンド状のものとし、そこに地元の樹木を植えれば一つの小山となります。それが溶岩流対策の工法となるのです。このように安全を考え、景観や環境に配慮した工法が技術的に可能な時代です。より安全な、そして自然に優しいハード対策を、計画的かつ着実に実施していくべきです。

数値シミュレーションによる施設の効果
数値シミュレーションによる施設の効果(富士山火山砂防計画検討委員会資料)

ソフト対策の意義 

 しかしながら、富士山の噴火は次にどこでどのような規模でおこるかわかりません。過去の火口を調べると100ヶ所以上にものぼると言われています。ハード対策がいかに有効とは言え、広い富士山の全ての場所にすぐにハード面の対策を実施することは困難です。そこでソフト対策、特に避難が重要な対応策となります。富士山の火山防災(その1)で述べたように、噴火前の避難システムができましたので、これにより皆さん自身で「どこが安全か、噴火情報が出たらどうするのか」を日頃から家族皆で話しておいてはいかがでしょうか。

情報の一元化のための光ケーブル網 

 火山防災を広域に実施するためには、正しい情報を早く確実に伝達することが大切です。しかも広域の市町村や、県に同時に伝わることが必要です。そのために期待されているのが、国土交通省が整備を実施している「富士山を一周する光ケーブル網」です。このネットワークに情報発信基地(例えば火山情報センターなど)からの情報をのせ、平常時だけでなく、火山噴火時にも活用できるシステムができると、地域情報に大変有益だと考えられます。特に平常時は富士山に関する情報や、山麓市町村の情報など、幅広い情報を地域住民はもとより、観光客にも共有化してもらえるシステムができると良いと思います。
 もちろん火山噴火時にはいち早く、同時に同じ内容の情報を、地域の皆さんが共有化するべきであります。2003年9月、山梨県富士吉田市の富士山山腹で噴気が見つかり、「すわ富士山噴火か」と大騒ぎになりました。その後の調査で火山活動とは直接関係ないことがわかりましたが、このようなときにいち早く正しい情報が、全ての富士山周辺の地域の皆さんに行き渡れば、風評被害は生じないで済むことになります。このように情報の一元化は大変重要な役割を持っています。一日も早いシステムの整備を期待しています。

富士山の恵と共に生きる 

 富士山の火山防災は「誰かがやる」ではなく、みんなでやらなければその効果はあがりません。火山防災に関するハード面、ソフト面の対策の必要性と、具体事例を紹介しましたが、これだけが対策ではないのです。例えば皆さんが「新たに家を造る」、「会社を拡張するために土地を買う」などと言うときに、ハザードマップを見て安全なところを選ぶ事も大切な対策です。また、防災教育や防災リーダーなど、学校、地域や企業内での人材の育成も重要です。富士山という素晴らしい火山と共に生きるためには、毎日富士山から受けている有形、無形の恵みに感謝すると共に、富士山が活火山であり、いつかは必ず噴火することを理解する必要があります。そして富士山と共存する心を持って毎日を生活し、皆さんが孫子の代までも素晴らしい地域を創出していこうという努力をされることを願っています。

池 谷   浩(いけや ひろし)
山梨県環境科学研究所客員研究員
富士山火山広域防災検討委員会委員
富士山ハザードマップ検討委員会委員
富士山火山砂防計画検討委員会委員長

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