ふじあざみ54号(2)
基礎知識 由比の地すべり
 駿河湾奥の北西岸にある東海道の昔からの宿場町“由比”といえば、広重が描いた東海道の難所“サッタ峠”から眺めた富士山、あるいは桜えび漁などで有名ですが、“地すべり”の多い所としても知られています(写真1, 2, 図1)。宝永4(1707)年の東海地震では薩た峠が崩れ、安政元(1854)年の東海地震では山崩れ・津波で殆どの家が崩れたと記録が残されていますが、それ以後も平均して5年毎に大雨などで山崩れ、地すべり、土石流が起こっています。昭和49(1974)年7月の台風による七夕豪雨では508mmに達する雨量で今宿、濁り沢、寺尾、東倉沢の各所で山崩れ、地すべり、土石流が起こり、国道1号は23日間、東海道本線は7日間も不通となりました。

写真1写真2図1


■これまでの地すべり防止対策

 このようなこともあって、地元や県の復旧工事のほかに、昭和23年のアイオン台風による寺尾中ノ沢の大崩壊以来、北東部は主に林野庁直轄の地すべり防止事業として、西倉沢より南西部は昭和45年以来主に建設省と静岡県が担当して地すべり防止対策の調整及び検討がすすめられてきました。近年では東海地震対策も考慮することが要請されています。それは、国道1号の1日平均交通量67,000台、東海道本線の上下線1日の運行量150本、東名高速道路の1日平均交通量64,000台、ほかにNTTなどの情報通信基幹網や上水道、ガスなどのライフライン等、重要な施設が由比の海岸沿いに並行しているためです。

■サッタ山・浜石岳・由比海岸の地形

図2  由比周辺の地形は地形図を見るとわかるように(図2)、興津川河口付近からほぼ南北に、薩た山(244m)から浜石岳(707m)に至る山稜が延びています。その東側は海岸まで急斜面になっていて、海岸線は南西から北東にのび、海岸沿いに西倉沢、東倉沢、寺尾と集落が点在し、今宿から西山寺にかけては山地の傾斜も緩やかになり、由比町中心街を由比川が南北に流れています。

■由比周辺の地層とその構造

 つぎに、この付近はどのような地層からできているかというと、サッタ山から浜石岳にかけては、“浜石”といわれるように、新第三紀鮮新世(約200万年前)の浜石岳層群(海成の礫岩と砂岩)からできていますが、その東の由比川沿いを南北に走る入山(衝上)断層によって、東から西に強く押され、礫岩層のため南北性の緩やかな向斜構造をつくっています(図3,4)。その結果、山地斜面に対して地層が斜面と同じ方向に傾く“流れ盤構造”ではなく、“受け盤構造”になっています。この点は地すべりにとって少しは幸いですが、浜石岳層群の下には小河内泥岩層が分布しているので、北東の西山寺あたりになると、この泥層が下部に露出してくるため、山地斜面の傾斜は緩くなりますが、地すべりは起こりやすくなると思われます。また、この地域では地下水が比較的多いのも下位に不透水層となる泥層がくるためと考えられます。
図3図4

■サッタ山・西倉沢付近の地形の特徴とその成り立ち図5

 ところで、西倉沢以南の地形について詳しく眺めてみると、急崖と平坦面が組みになった地形が多く見られることがわかります。試みに、サッタ山(244m)から海岸までほぼ東西の地形断面図を描いて見ると(図5)、薩た山から45度の急斜面とその下の15度の緩斜面、次に38度の急斜面と24度の緩斜面、次に41度の急斜面と海岸の緩斜面、というように海岸に向かって3段の階段状地形が見られます。
図6 また、このような階段状地形の組み合わせは、高さはいく分異なりますが、西倉沢あたりまで南北のいくつかのブロックに分けられるようです(図6)。
図7  なお、この付近の海岸はしばらくは遠浅ですが、やがて急深となります。このようなわけで、海岸に最も近い急斜面は縄文時代前期(約6000年前)に海面が現在より少し高かった頃につくられた海蝕崖の名残りと思われますが、上の2段の組み合わせは過去の地すべり“滑落崖”と地すべり“移動土塊”の跡であると推測されます。“地すべり”とは山地斜面をつくっている地層がすべり面を境にずれ動く現象を指し、その結果比較的急斜面の“滑落崖”や、すべり面上に粘土をはさむ地質の異なる“移動土塊”のゆるやかな表面ができたりします(図7)。
 多くの場合、地層に割れ目ができていたりすると、降雨や地下水によって地層の抵抗が変化し、もともと緩い山地斜面であっても起こるのが特徴です。このほか、似たような現象として、急な斜面をつくっている岩石の一部が風化してもろくなったり、大雨・地震・地下水などのため崩落するものを“山崩れ”、また、表土・砂礫・岩塊などが水と一緒になって急速に流下し、河床や河岸を削り、それらを巻き込んで大量に流れるものを“土石流”といっています。これまでにも、上に述べた階段状の地形は、波蝕台、海岸段丘、または差別浸食の跡ではないか、という意見も出されていますが、地層を調べた限りではそうではなさそうです。これらの点については現在進められているボーリング調査によってやがて解明されることが期待されます。また、斜面上のみかん畑の下などから、しばしば湧水があって利用されているので、緩斜面で地下水を調べてみると、地下水位は降雨によって上昇し、上昇した水位は数週間かかって降下することや、地下水位は冬でも地表から10~20m下にあることがわかっています。

■今後の地すべり防止対策

 これまで、由比地すべり地帯の過去の出来事や、由比海岸や山地の地形と地層およびその特徴を見てきました。現在、国土交通省 富士砂防事務所を中心に、学識経験者や行政担当者によって、由比地すべり対策検討委員会が設立され、調査研究がすすめられています。特に、ボーリング調査による地すべり機構の解明、ブロックごとの詳しい検討、地すべりを起こさせないための地下水の排除、どのような時に崩れや滑りがはじまるのかの監視・観測の継続、そして東海地震を考慮した防災対策を早急にすすめることが課題と考えられます。
静岡大学名誉教授 由比地すべり対策検討委員会委員長:土 隆一

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