KISSOこぼれネタ VOL.67 下呂市特集号
木材流送の川から水力発電の川へ

〔江戸時代から続いた飛騨川の運材〕
江戸時代の初めから、飛騨川では木材の流送が行なわれていました。
流域の山で伐採した木材を谷間に落とし、溝に並べて奥から順に谷口にせり出していき、谷川づたいに飛騨川まで搬送しました。
「小谷狩り」と呼ばれたこの行程は、桟手(さて)や修羅(すら)といった木組みの搬送装置の上を一本ずつ滑走させるなど多くの労力を要する作業でした。
飛騨川まで運んできた木材を下流に流す「川下げ」は、水量の安定する秋から冬にかけて行なわれ、下原(下呂市金山町)の中綱場で集材されて検尺された後、下麻生(川辺町)で筏に組まれ、さらに下流に流送されました。

この運材方法は、明治になってからも引き続き行なわれてきましたが、大正末期から飛騨川やその支流に発電用の堰堤がつくられたことや、昭和初期に高山線が開通したことで鉄道輸送に切り替わっていきました。

〔水力発電が盛んな飛騨川〕
河川勾配が急で、流量が多い飛騨川は、水力発電に適した川で、早い時期から多くの発電施設がつくられてきました。

飛騨川水系で最初の水力発電としては、大正3年(1914)小坂電燈が小坂町(下呂市小坂町)一帯に電気を供給しています。
本格的な電力開発は、日本電力(戦前まで存在した電力会社で主に京阪神方面に電力を供給していました)が、大正13年(1924)に瀬戸発電所(下呂市金山町)とこれに送水する瀬戸ダム(下呂市萩原町)を建設したことに始まり、その後、各地で発電用ダムと発電所が建設されました。
下呂市内の飛騨川本流にある発電施設は「水路式」と呼ばれるダムと発電所間の落差を利用した方式で、ダムは比較的小規模が小さく、ダムと名前がついていますが高さ15m以下の取水堰がほとんどです。

かつて、木材流送の川として流域の人々の暮らしを支えていた飛騨川は、今は、日本有数の発電の川として中部・関西地方に電力を供給するとともに、川沿いの町の発展に大きく寄与しています。

現在の瀬戸ダム
(平成10年に改修されています)


下呂市内の主な発電施設

■参考文献
「飛騨下呂 通史・民俗」 平成2年 下呂町
 
国土交通省 中部地方整備局 木曽川下流河川事務所
〒511-0002 三重県桑名市大字福島465  TEL:0594-24-5711(代表) FAX:0594-21-4061(代表)

copyright c 2013 国土交通省 中部地方整備局 木曽川下流河川事務所. all rights reserved.