ふじあざみ 第42号(4)

 

■新しく見つかった火口

 青木ヶ原溶岩を作った複数の火口のうち、これまで知られていた火口(長尾山・氷穴火口列・石塚火口、図8)のほかに、石塚火口の西北西約1.5kmに新しい火口が見つかりました(図1)。この火口には周辺の地名から「下り山火口」という名前を付けました。この火口は最近3,200年間に噴火した富士山の火口のなかではもっとも北にあるもので、次の富士山の噴火を考える上で重要な発見です。図6は下り山火口付近の鳥瞰図です。下り山火口から溶岩流が流れ出している様子がわかります。

■溶岩が作るさまざまな地形の発見
 これまでの地形図でははっきりとわからなかった溶岩流が作る地形をとらえることができました。図2は「溶岩じわ」と呼ばれる溶岩地形です。これは「しわ」のようにできた土手状の高まりで、溶岩の進行方向と直交する方向にできるものです。このような地形にもとづいて、溶岩の流れた方向などを知ることができます。図3は青木ヶ原溶岩が流れたときに、小丘などがあったために溶岩流に埋め残された場所です。このような場所を火山学的には「キプカ」と呼びます。本栖湖の東側には「キプカ」が数多く見られます。

■溶岩トンネルを連続的に追跡
 青木ヶ原溶岩の中には、溶岩トンネルの天井が陥没してできた小さな凹地がたくさんあります(図7)。レーザープロファイラ立体画像で捉えた凹地を連続的に追いかけることで、溶岩トンネルの分布を推定することができました(図4)。溶岩トンネルのうち長いものは4kmになります。観光地としても有名な「富岳風穴」・「鳴沢氷穴」・「富士風穴」はこのような長い溶岩トンネルの一部と考えられます。

図7:溶岩トンネルの上に出来た陥没孔(写真は富士風穴、陥没孔の中でも大きなものひとつです。)

■青木ヶ原溶岩を出した火口と溶岩の分布
 新しく「下り山火口」が見つかったことで、これまでよくわかっていなかった青木ヶ原溶岩の火口の全容が見えてきました(図8)。溶岩を噴出した火口は、「下り山火口」と「石塚火口」をむすぶ火口列と、「長尾山」と「氷穴火口列」をむすぶ2つの火口列であったと考えられます。2つの火口列をあわせた全体の長さは約5,700mにも達することがわかりました。貞観噴火が起きた当時はこの長い火口列から大量の溶岩が流れ出したのです。
 これまで貞観噴火の溶岩は、全体として青木ヶ原溶岩と呼ばれてきました。しかし、今回火口の正確な位置や、溶岩の流れた方向などが詳しくわかったため、青木ヶ原溶岩をいくつかの流れに区分することができました。ここでは溶岩を出した火口ごとに青木ヶ原溶岩を4つに分類しました(図9)。このように溶岩を流れごとに区分し、それぞれの溶岩の重なり方や流れ方を調べることで、貞観噴火がどのように推移していったかを知る手がかりを得ることができました。
今回紹介した貞観噴火の調査結果と考察は、貞観噴火の実態の一部を解き明かしたものにすぎず、今後の調査によって、さらに新たな知見が得られ、内容が修正される可能性があります。青木ヶ原の樹海にはまだ知られていない多くのなぞが残されていると考えられます。

参考文献
小山真人編(2002) 「富士を知る」集英社 /津屋弘逵(1968) 「富士火山地質図」地質調査所


■この調査の実施にあたっては静岡大学教授 小山真人氏、日本大学助教授 宮地直道氏に多くのご助言を頂きました。