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治水地形分類図(豊川平野)

【目的】
 この治水地形分類図(旧 水害地形分類図)は、地形の性質から、万一破堤を伴う洪水があった場合、浸水範囲、湛水期間の長・短、湛水深の深・浅、洪水流動方向、河道変遷の有・無、侵食・堆積の有・無など、洪水の状態を推定する図です。
 地形分類が、なぜ洪水の型を知るのに役立つかと言うと、日本の沖積平野は、大部分砂礫が洪水時に運搬されて堆積して形成されたものであり、平野の地形は洪水の歴史を示すものです。従って、地形を分類すれば、逆にそれぞれの地域の洪水型を知ることができるはずと考えられます。
 治水地形分類図が、いかに洪水の予報に役立つかは、伊勢湾台風によって立証されました。1959年伊勢湾台風による高潮・洪水は濃尾平野南部を襲いました。ところが台風が来襲する4年前に木曽川流域濃尾平野水害地形分類図が完成していたため、この高潮・洪水は、この水害地形分類図にとって最大規模かつ高価な実験となりました。この結果は浸水限界、浸水深の深・浅、湛水期間の長・短等について、水害地形分類図が予想したものと全く一致していました。
 この治水地形分類図は、これと同じ考えに立って、豊川平野において作成しました。

【作成方法・地形分類の基準】
 まず、空中写真判読によって流域を山地、段丘、谷底平野、自然堤防、後背湿地、デルタ、旧河道等に分けて地形分類予察図を作成し、次いで現地調査で治水地形分類図(1:25,000)を完成しました。

【流域の地形と洪水の特色】
 豊川平野の特色は、豊川がほぼ中央構造線に沿って流れているため、右岸側すなわち内帯と、左岸側すなわち外帯とでは地質、河川、地形に著しい相違があることです。
@  内帯地域の地殻変動は、断層を伴う地塊運動であるが、外帯は曲驩^動となっています。これを海の波にたとえるならば、内帯は波長が短く波高が高いが、外帯は波長が長く波高が低い波といえます。地質は、内帯が花崗岩、花崗岩から変成した領家変成岩、第3紀層(中新統)、流紋岩等の火山岩からなり、これが断層によって切られて不規則に分布しています。これに対し外帯は、三波川系結晶片岩、古生層が北東より南西へ帯状に整然と配列し、新しい地層ほど南東にあらわれています。

A  豊川の右岸すなわち内帯側には、境川、野田川、半場川、大宮川等の河川が、左岸すなわち外帯側には、朝倉川、神田川、間川、宇利川、大入川、黄柳川等の支川があります。内帯の支川は流長短く、流域面積は小さく、縦断勾配は急であり、また遷急点・遷緩点が多くなっています。これに対し、外帯の支川は流長長く、流域面積は大きく、縦断勾配は緩で、全体としてスムーズな平衡河川に近い状態となっています。本川の河床礫を数ヶ所で種類別に重量測定した結果、総体的に見て内帯より供給される礫の方が多いことがわかりました。

B  段丘は内帯の方が外帯よりよく発達しています。この段丘は比高、構成物質等より上位・中位・下位の3段階に分類しました。
上位段丘は右岸のみに発達しています。この段丘は本川よりはむしろ右岸の支川の供給する砂礫で形成されたものです。最初、扇状地として形成され、その後地盤の隆起で開析扇状地または段丘となりました。
中位段丘は両岸に発達し、特に右岸側は広大で新城市や豊川市街地はこの上に位置しています。豊川市の乗る段丘中に介在する海成層中に含まれている貝はC14による測定で3万年前のものであることがわかっています。
下位段丘は発達が悪く、新城の東部にのみ見られます。
これら段丘は洪水時浸水することはありません。ただ段丘を刻んでいる谷底平野は洪水に襲われることがあります。流速は早いですが、排水は良好です。

C  この川には矢作川と同じく扇状地が見られません。矢作川の場合は、上流が花崗岩山地で砂の流出が多いこと、礫は豊田盆地で堆積してしまうため、平野部には砂だけが流下して扇状地は形成されません。
豊川は砂だけでなく礫を平野部まで運搬しているにもかかわらず扇状地がありません。これは平野が段丘に囲まれていて、扇状地を形成するだけの幅がないためと思われます。

D  自然堤防は洪水時に河川によって運搬されてきた砂が河道に沿って堆積し、形成された微高地です。
自然堤防も右岸側の方が左岸側より大きくなっています。また、右岸側の自然堤防の比高は約2mで、左岸側のそれよりも約1m高くなっています。
自然堤防は高位自然堤防と低位自然堤防に分けられます。高位自然堤防は今より約4〜6千年前に海が約5m高かった時(縄文海進)に形成されたものであり、低位自然堤防はその後の海退期に形成されたもので比高は50cmにすぎません。
自然堤防、特に高位自然堤防は小洪水に冠水することなく、異常の洪水氾濫時にのみ冠水します。また、浸水しても排水は良好です。したがって、古い集落はこの自然堤防上に位置しているものが多くなっています。これに対し、後背湿地は洪水氾濫の際、浸水しやすく水深も深く、湛水期間も長くなります。
自然堤防中に多くの旧河道が見られます。ここは洪水時、破堤・氾濫があった場合、水の流れやすい所です。

E  豊橋市の吉田大橋と豊川を結ぶ線より下流はデルタの地域です。海側は1650年以降に造成された干拓地です。このデルタは1953年の台風13号によって引き起こされた高潮・洪水に襲われた所で、今後も異常の高潮・洪水には注意を要する地域です。

F  自然堤防・後背湿地、デルタ地域は、中世以来しばしば洪水に襲われてきました。
霞堤はすでに1604年に作られたという記録があります。その後、築堤が進み、1885年には連続堤が完成しました。まだ平野には5箇所(昭和53年当時、現在は4箇所)の霞堤が残されています。これらの霞堤は自然堤防上に位置し、後背湿地を遊水池として利用するもので、地形的には合理的なものです。1965年に豊川放水路が完成し、その後デルタは河川からの洪水氾濫に対して安全となりました。

 ※(上記については、図の解説を転記したものです。)

豊川平野治水地形分類図
(凡例)

  上図の詳細はこちらPDFからご覧いただけます。
   豊川平野治水地形分類図PDF(3.17MB)


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