<40>松川第一発電所跡(飯田市上飯田)  30年届けた文明の輝き 飯田市中心街から車で約十五分。天竜川支流松川の左岸に、水力発電に使われた古い石積みの導水路が残る。一八九九(明治三十二)年、飯田電灯が伊那谷で初めて建設した「松川第一発電所」の遺構だ。 飯田電灯は地元の有力者らが設立。発電所は米国製発電機を備え、飯田町や鼎町(現飯田市)などに電力を供給した。増設が二回行われ、一九一五(大正四)年には約三千三百戸に送電したが、同社は三年後に伊那電車軌道と合併。発電所は三〇(昭和五)年に廃止された。 二〇〇三年十一月、地域の清掃活動をしていた人たちが偶然、発電所の水車ランナー(羽根車)二個を発見。一個は同市の中部電力飯田営業所の玄関わきに展示された。 発電所が完成した当時に作られた飯田町数え歌には「八つ 闇夜を照らす電灯も、長姫城址に輝けり」とある。地域に文明の灯を届けた発電所は三十年にわたって働いた後、記憶のかなたに消えていった。(中山道雄)