第1部 D伝兵衛五井 伊那市  三峰川の水で農業支える 江戸時代後期に水利事業で功績を残した伊東伝兵衛が手掛けたとされる五井の一つに、「鞠が鼻井筋」がある。伊那市の富県から東春近にかけての広い地域を三峰川の水で潤し、今も農業を支えている水路だ。県道沿いには水路改修記念碑と県営灌漑排水事業の業績が記された石碑が建ち、高台からその井筋を見守っている。 富県では「伝兵衛井」と呼ばれている。「このあたりの暮らしはみんなこの井筋のおかげ。これがなきゃ、田んぼなんかできなんだ」と話すのは桜井城下の下平利康さん(89)。家の前には昭和20年代まで水車小屋があったといい、「大きな水車が付いていて、井筋の水を使ってこの辺りでとれた米をひいていた。それもこれも伝兵衛さんのおかげだった」と語る。 かつては小さな段差を落ちる水の音が家の中にいても聞こえたという。県道拡幅でその場所も暗渠となり、水車小屋は跡形もない。  (文・倉田高志、絵・片桐美登)