〔被災体験を持つ元建設省職員の方の所見(座談会)〕 赤須賀の漁船も大きな被害を受けた。船の多くは沈没や流出し、漁民の方も被災した人が多かったと思う。このため、測量用の船もチャーターできない状況で、浜松から船を持って来て使った。しかし、一部の船や借り受けた舟の運転は赤須賀の人にお願いしたものもあったし、徐々に赤須賀からの協力が得られる様になった。 <追加コメント> 船に関しては、伊勢湾台風復旧工事誌(上巻)P342に、「陸上交通網は各所で寸断されており、特に伊勢大橋、尾張大橋より下流における堤防は各所で破堤し、その破堤箇所には海水が出入りし、舟なくしては測量も連絡もできない状態であった。しかしながら船を調達することは非常に困難であった。(中略)舟はほとんど台風によって流失、あるいは破壊され、わずかに残った舟を奪い合うようにして、人命救助に使用され、測量などに使う舟は伊勢湾内には残っていないとさえ思われるほどであった。」との書き出しで、新造船の依頼や、静岡県新居町、静岡県磐田などから舟を借りた様子、また赤須賀からも「地元桑名市の赤須賀漁業協同組合と交渉し、漁船で使用可能な機械船10隻、伝馬船10隻を船頭付きで借りることができた。地元赤須賀組合は今次の災害では大被害を受けたところであるが、進んで協力し、またこの船頭は水路にも明るく、後々の作業に極めて役立った」旨の記載をはじめとする詳細な記載が見られる。(P342~344)