〔現地で被災体験を持つ元愛知県職員の方の所見〕 日光川の河口近くである。南東に河口が開いた日光川河口域では多くの破堤が生じた。当時、潮水が入る日光川などは堤防が比較的高かったが、河口に締め切りのある戸田川などの堤防は低かった。 外水が塩水である堤防の表法は、一般的にH.W.Lまでは玉石積み、それより上の表法、天端、裏法は土であった。東小川左岸の破堤部は背後の氾濫エリアが大きく、干満による流速が早いため締め切りが難しかったところである。この場所については拡大写真がある。(写真名称『名古屋市港区南陽町東小川の仮締め切り現場付近』を参照) 〔被災した方の所見(飛島村)〕 日光川の河口近くであり、飛島村の三福付近に破堤部が見られる。