〔被災体験を持つ元建設省職員の方の所見(座談会)〕 日本毛織弥富工場の手前にあるのが弥富出張所である。 伊勢湾台風の前か後かは忘れたが、木曽川左岸から鍋田川に分派するところには流量をコントロールする水制があったと思う。しかし写っていない。 〔被災した方の所見(木曽岬村)〕 木曽岬村北部、加路戸付近である。 木曽岬村北部では倒壊した家屋の材木などが流れ込み、それに当たって亡くなる人が多かった。自分達は2階に避難して助かったが、水があんなに流れてくるとは思わなかった。一方、南部では家屋が流されて亡くなる人が多かった。 木曽川左岸、木曽岬村の河原では、自衛隊による木曽岬村への救援物資の集配所となっていた。 〔被災した方の所見(十四山村)〕 伊勢湾台風直後の木曽岬橋は、破損していたが通行は可能であった。木曽岬村の救出・復旧は大阪の自衛隊が行った。