富士山の基礎知識
富士山の湧水のメカニズムを探る vol.4
 VOL.3では富士山に降った雨や雪はどれくらいの時間をかけて湧き出すのか調べてみました。では湧水は全体でどれくらいの量になるのでしょうか?
■富士山西側の湧水量
 富士山の周囲、特に約1万年前の大規模な旧期溶岩流の末端にあたる山麓には主な湧水があること、それらは何れも溶岩層の間に充満した被圧地下水で、およそ15年位かかって湧き出すことなどを見てきました。では富士山の湧水は全体でどれ位あるのでしょうか?それには、すべての湧水量を測ればよいわけですが、とても大変なことです。そこで周囲の河川を眺めて見ました。富士山西側には潤井川と芝川があります。潤井川は湧玉池や富士宮周辺の湧水を集めて流れていますし、芝川は猪之頭湧水を水源とし、白糸の滝などの湧水を集めて流れています。また、付近の小さな湧水も当然これらの川に流れ込むと思われます。したがって、この2つの川は富士山西側の湧水全部を集めて流れる川と考えることができますし、この2つの川の流量の合計は富士山西側の湧水の総量と見なすことが出来そうです。
 平成5年8月1日から同6年7月31日までの1年間、富士宮市の南側境界に近い黒田と橋本で潤井川と芝川の流量を観測した結果、潤井川の平均日流量は141万m3、芝川のそれは67万m3、合計208万m3となりました。それから、天守山地東斜面の降水から芝川への流入が1日あたり20万m3、潤井川流域では主に養鱒業による地下水のくみ上げによる流入が1日あたり47万m3と考えられるので、それらを差し引くと計141万m3となります。また、観測をおこなった平成5年を含む最近10年間の白糸の降水量の平均は30年間の白糸の平年値に極めて近かったので、この日流量141万m3がほぼ富士山西側の総湧水量にあたると考えることができます。
図1:約1万年前の富士山の大規模玄武岩溶岩流の分布と山麓の主な湧水 図2:大規模溶岩流の分布に基づく富士山体斜面の4区分、主な河川、4区分の底面積、山麓の降水量平年値と観測所の位置もあわせて示す
図1:約1万年前の富士山の大規模玄武岩溶岩流の分布と山麓の主な湧水
図2:大規模溶岩流の分布に基づく富士山体斜面の4区分、主な河川、4区分の底面積、山麓の降水量平年値と観測所の位置もあわせて示す
■富士山全体の湧水量
 つぎに、富士山全体の湧水量はどのように見積もればよいでしょうか?北側では富士五湖の底からの湧水量を測るのはとても難しそうです。東側には鮎沢川と黄瀬川がありますが、丹沢、箱根、愛鷹山からの流入量を除かなければなりません。南側には沼川がありますが、愛鷹山からの流入量や吉原の湧水から直接工場に利用されていることなどを考えなければなりません。というわけで、どの側も西側よりはるかに難しそうです。
 そこで、山麓の降雨の割合を考えてみました。富士山麓の降水量は東の御殿場、南の吉原、西の白糸、北の河口湖観測所で毎日観測されています。それら降水量の平年値を見ますと、東の御殿場(標高468m)が最も多く2789mm、ついで西の白糸(530m)が2232mm、南の吉原(20m)が2148mm、最も少ないのが北の河口湖(860m)で1526mmとなっています。また、すべてが継続的な観測ではありませんが、東の太郎坊(1282m)で4849mm、西の大滝(1500m)で3399mm、南の学びの森(1125mm)で3222mm、北のスバルライン終点(2315m)で2200mmの年降水量が得られており、中腹以上では降水量はしばしば年3000mmを超すようで、しかも、降水量の多少は山麓の順序と同じように見えます。資料は充分ではありませんが、とりあえず、富士山斜面の降水量の多少は山麓の降水量の割合に同じと見なすことにしました。
 つぎに、富士山斜面の区分ですが、これは約1万年前の大規模溶岩流の分布に合わせて東西南北に4区分して見ました。そうすると、図2に見られるように、富士山の底面積はE243、W224、S160、N246と、計873km2が4区分されます。この富士山底面積区分は、便宜上、芝川の下流や黄瀬川の下流などを除いて円形に近くしてあります。そこで、西側底面積に対する各底面積の比率は、Wを1とすればN1.10、E1.08、S0.72、また西麓年降水量に対する各年降水量の比率は、Wを1とすればN0.68、E1.25、S0.96となり、両者を掛け合わせた比率はW1に対してN0.75、E1.35、S0.69となり、合計3.79となるので、141万m3/日の3.79倍、すなわち534万m3/日を富士山全体の湧水量(涵養量)と考えることができます。
 ここで、平均蒸発散量を22%とすれば富士山の降水量は25億m3/年、全域の平均降水量2857mm/年が見積もられます。この全降水量については、これまで周辺地域の降水量分布から推定された22億m3/年にくらべて若干多くなりますが、湧水量全体の見積りは三島湧水群と柿田川流量を合わせた平常値140万m3/日の4倍弱にあたるので、妥当に近い値だろうと考えています。
富士山の地下水の流れの模式的断面図 柿田川湧水 (清水町役場の提供による)
図3:富士山の地下水の流れの模式的断面図 写真:柿田川湧水 (清水町役場の提供による)
■富士山の水利用の課題
 富士山全体の湧水量534万m3/日は1人1日400リットルの水を使うとすれば、1日あたり1335万人分の水を蓄えている計算となります。こんなにも多くの地下水が蓄えられていることがわかりますが、それでも決して無限ではありません。富士山の湧水の概念図を描いたのが図3です。1日あたり534万m3の地下水10〜15年分が、ざっとこのような形で蓄えられているわけです。しかも地下水は富士山体の中に一様に蓄えられているわけではなく、大規模溶岩流それぞれの中央部に幅を持った筋状の地下水脈として蓄えられていると考えられます。勿論、このほか他の溶岩や古富士火山部分にも地下水は蓄えられていますが、これらについてはもう少し検討しなければなりません。それにしても私達は、涵養量までならばいつも低温の浄水が得られるという地下水の特性を生かして、どのように富士山の湧水を利用するのがもっともよいかを常に考えていく必要がありそうです。  (土 隆一)