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豊川市立天王小学校

豊川市立天王小学校
「豊川と私たちの生活」
 
新城市立鳳来西小学校の生徒のみなさん 新城市立鳳来西小学校の生徒のみなさん

今から天王小学校の発表を行いたいと思います。

私たちの住む、豊川市天王小学校は、画面のピンクで囲った部分が校区です。豊川市の南東部に位置し、台地の上の「上郷」といわれる地区と、低地に広がる「下郷」といわれる地区に分かれています。このうち下郷地区は、豊川ととても深いつながりがあります。

1つめは、豊川の水を利用した水田がとても多いということです。私たちの校区は、下郷地区は、豊川市のなかでもとても米作りがさかんです。画面の緑色の部分は水田です。昔は校区を流れる松原用水から、直接田んぼに水を入れていたそうですが、今では、地下のパイプから水を入れています。そのため、どの田んぼにも大きな蛇口があります。昔と今では水の取り入れ方は違いますが、どちらも豊川の水を使っています。天王小学校でも、地域の名人さんと、米作りをしています。管理は5年生が中心ですが、田植えや稲刈りは全校でします。また、1月の天王まつりという行事では、できたお米を全校でついておもちにします。天王小が一番にぎわう楽しい行事です。

2つめの深いつながりは、大水との関係です。天王小校区の東には、川が流れていないのに大きな堤防みたいなのがあります。これは「かすみ堤」という、堤防の一部をわざと切っている堤防だそうです。豊川の水位があがったときに、この切れているところから大水を田畑に流していたそうです。となりの東部小校区では、よく大水が出て困ったそうです。写真のように、古い家は石がきの上にたてられています。豊川からとても離れたところにかすみ堤があるなんて、豊川は大水のときは、とてもたくさんの水が流れ出るんだなと思いました

天王小校区は、このかすみ堤に守られ、大水の被害はありませんでした。しかし、大水の被害をへらそうと、太平洋戦争後、豊川放水路が建設され、1965年に完成しました。これにより、多くのかすみ堤が使われなくなり、大水がでることはほとんどなくなったそうです。しかし、天王小校区の行明町は放水路を挟んで2つの地域に分かれてしまいました。行明町の3軒の家が引っ越し、多くの田んぼや畑が放水路にしずみました。写真は放水路が完成する1年前の写真です。よく見ると、家や畑が放水路上にあるのがわかります。私は、この行明町に住んおり、いつも放水路を渡って学校に通っています。また、私の畑は放水路の反対側にあります。だけど、私のおじいちゃん、おばあちゃんの時代に放水路ができ、それによって私の住む行明町が大きく変わったことを知りませんでした。今でも、大水で分流ぜきが開くときには、「ウー、ウー」というサイレンの音が聞こえます。豊川の別の面も知ることができ、とてもよかったです。

天王小学校が水生生物調査をしているのは、この豊川本流と豊川放水路が分かれる分流ぜきの放水路側です。今年の調査は7月27日でした。今年は6年生を中心に、3年生以上22人が参加しました。今回の調査の結果は次の通りです。私たちの調査ポイントは、人工の水路ですが、普段は人工の水路と感じさせないほど生き物が多くいます。ふたば先生は、ここは魚道から流れてくる豊川本流の水と、海が満潮のときにのぼってくる潮水が混ざった、「汽水」に近い水質のため、多くの生き物が住みやすいんだよと説明してくれました。今年は梅雨明けが遅く、水の量が多かったこともあり、水がとても澄んでいました。
透視度調査は、初めて100p以上になりました。水がきれいになってとても嬉しいです。しかし、指標生物調査では、残念ながら「きれいな水」の指標生物は見つからず、見つかったのはヒラタドロムシやイシマキガイなど「やや汚い水」の生き物ばかりでした。しかし、生き物を見つけた数は、今までより多く感じました。少し生き物が多くなっているという気がしました。この表は水質階級判定の表です。ここでも「やや汚い水」という結果になりました。少しでも水がきれいになり、きれいな水の判定がでる指標生物がたくさんみつかればいいなと思います。

豊川は、国土交通省の豊富な水のため、きれいな川としていつも全国の上位に入っています。この豊富な水のおかげでたくさんの生物が住む、自然豊かな川になり、ぼくたちもその水を利用してきました。しかし、この豊富な水は一方で、大水や洪水などを引き起こし、ぼくたちの生活に影響を与えてきたことも学びました。特に天王小学校はその両方の関わりが学習できる貴重な地域だと思いました。これからも、豊川を通じてたくさんのことを学習できればと思います。

これで天王小学校の発表を終わります

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