吉原付近の東海道、国道1号、国道1号バイパスの歴史

東海道

〈江戸期の東海道〉
〈江戸期の東海道〉


東海道吉原宿は、江戸時代、津波や高潮などの被害のため、より安全な内陸部へと移され、東海道は北向きに大きく迂回することになりました。
そのため、東海道を西へ向かえば、常に右手に見える富士山が、この地では左側に見えることから「左富士」と呼ばれ名所となりました。
浮世絵では、左富士を眺めながら旅をする旅人の様子が描かれています。

国道1号

〈大正時代の左富士〉
〈大正時代の左富士〉

〈昭和30年代の富士市大野新田(現在の県道380号)〉
〈昭和30年代の富士市大野新田(現在の県道380号)〉


富士由比バイパス

〈昭和50年3月 田子ノ浦高架橋(暫定2車線開通) 〉
〈昭和50年3月 田子ノ浦高架橋(暫定2車線開通) 〉

〈平成15年3月 田子ノ浦高架橋(2車線から4車線開通)〉
〈平成15年3月 田子ノ浦高架橋(2車線から4車線開通)〉



出典:静岡国道のあゆみより