ふじあざみ59号(2)
基礎知識 由比の地すべり
 前回第54号に“由比の地すべり”と題して、これまでの由比の災害の記録や災害の防止対策、由比の山地斜面をつくっている地層の構造などを書きましたが、“由比では山崩れ、土石流、地すべりなどのすべてが起こるのでしょうか、それとも地すべりが起こりやすいのでしょうか、上記3つのちがいはどこにあるのでしょうか”という質問が寄せられましたので、今回はそれにお答えする形で、由比の地すべりをもう一度眺めて見ることにします(写真1)。

写真1 薩た峠付近から眺めた富士山と駿河湾

■山崩れ、土石流と、地すべり 

 ところで、“山崩れ”とは山地の斜面をつくっている風化した地層や基盤をつくる岩石の一部が急に崩壊落下する現象で、暴雨、地震、地下水などが誘因となって、急斜面に起こる突発的な崩壊現象を言います。
 つぎに、“土石流”とは表土、表面近くの砂礫などが一体となって流下する現象を指し、岩塊や流木を多く含み、大きな岩塊が先端部に集中して直進することが多く、浸食力はきわめて強く、土石流の流動に伴い、川岸や川底の土砂を深く削り、それらを巻き込んで流下します。古くは“山津波”ともいわれました。土石流の横から見た形は中央部が凸型、縦から見た形は先端部が盛り上がった凸型になっています(図1)。土石流の発生原因としては豪雨、融雪、地震、火山爆発による山腹の崩壊が考えられています。

図1 土石流堆積物の横断面図

 これらに対して、“地すべり”とは山地斜面をつくる地層や基盤をつくる岩石の一部が、地下の滑り面を境として滑り動く現象を指します。このように地下に滑り面がある点が特徴と言えます(図2)。そして、特定の地質条件のところに集中して発生する傾向が強く、例えば、日本海側の新第三紀層泥岩地帯、フォッサマグナのような岩石や地層の破砕帯、温泉地帯などは、降水量が多いところでは地すべりを起こしやすいとされています。
 このように、山崩れ、土石流、地すべりは、互いに似ているところもあって、違う現象ですが、由比ではどれが最も起こりやすかったのでしょうか。もっとも、安政東海地震(1854)や七夕豪雨が原因で起こった時は、山崩れ、土石流、地すべりの3つ共起こった可能性は高いと思います。

図2 地すべりの模式図鳥瞰図

■さった山から西倉沢にかけての状況

 それでは、現在、由比の地すべり対策がすすめられている、さった山から西倉沢にかけての状況を詳しく見てみましょう。
 この地域の地層は前回述べましたように、浅い海底に堆積した礫岩・砂岩からできている新第三紀鮮新世の浜石岳礫岩層(約200万年前)が緩やかな向斜構造をつくっています。そのため、海岸側の斜面に対しては、“流れ盤”ではなく“受け盤”構造となっています。このことは、斜面がより滑りにくくなるため、由比の地すべり対策にとっては大変好都合であったと思います。一方、この地域で地下水が比較的多いのは、水を通しにくい小河内泥岩層が地下水を通しやすい浜石岳礫岩層の下にくるし、泥岩層のうち何層かは礫岩層の下部にはさまれているためと考えられます。
 そして、海岸からさった山(標高244m)まで、ほぼ東西に地形の断面図を描いて見ると、急崖と、より平坦な面が組みになっていることがわかります。(図3)

図3 薩た山から海岸までの東西の地形断面図

 すなわち、この付近の海岸はしばらく遠浅ですが、やがて急深になります。このような海岸の緩斜面に続く41度の山地急斜面、次に24度の緩斜面に続く38度の急斜面、続いて15度の緩斜面と薩た山への45度の急斜面、というように、海岸から山地に向かって3段の階段状地形が見られます。しかも、このような階段状地形の組み合わせは、高さはいく分異なりますが、西倉沢あたりまで、南から北へ、山中ブロック、蜂ケ沢ブロック、大久保ブロックと3つの区域に分けられるようです。(図4)

図4 空から眺めた由比地すべり対策地域。山中、蜂ヶ沢、大久保の3ブロック

 海岸からすぐの急斜面は今から約6000年前の縄文時代前期に現在よりも海面が数m高かったときにつくられた海蝕崖の名残りと思われます。
 これに対して、それより上の2段の組み合わせは過去の地すべりによる“滑落崖”と地すべり“移動土塊”の跡と考えられます。それらのうち、大久保ブロックの山地から海岸へかけての断面を地形断面図と主にボーリング資料によって表層近くの地質状況が画かれたのが図5です。

図5 大久保ブロックの地形断面図とボーリングの結果、および想定さえる「地すべり面」

 図5を見るとわかるように、やや平坦な面の表層部には地層や岩盤というよりも、崩れて堆積した土砂状の“崩積土”がのっているのがわかります。また、それより下も褐色化した粘土状−岩片状になった部分が続いています。また、急斜面の下もしっかりした地層ではなく、やや粘土化したり亀裂の多い部分が続くようです。このうちどの部分を滑り面とするかについては難しい点もありますが、土砂状部分の下底や、褐色化した粘土状−岩片状部分の下底から粘土化や亀裂が少なくなる部分との境に3回の想定滑り面(赤い線)が画かれています。また、地すべり面がどこまで深くあるかについては更に調査検討が必要ですが、由比の急斜面と平坦面の組み合わせは、過去の地すべりによる滑落崖と移動土塊の跡と考えてよいことがわかったのは大きな進歩だと思います。
 なお、ここでは、旧海蝕崖にも地すべり面が想定されていますが、このような急斜面では過去に山崩れも起こった可能性は高いと思われます。

■今後の課題

 上述したボーリング調査のほかに、由比の地すべりに対してどんな調査をしているかを挙げると、弾性波探査、地下水調査、孔内傾斜計、地盤傾斜計、継目計による観測などがあります。地下水位は降雨があるとすぐ上昇しますが、地すべり面との関係は今後の課題の1つです。いずれにしても地すべり防止のためには地下水を有効に抜くことが必要です。また、地すべりはどのようにして発生するのか、その発生状況を捉えるため、上述の常時監視体制を着実に続ける予定ですが、現在のところ、地すべり発生の予兆はまだ見出されていません。
 もう1つは東海地震対策ですが、由比の地すべりは地震時にはどのように挙動するのか、この地域の断層による地盤への影響を確かめ、地震時の安定度や対策工の効果を効率的な計算から求めるなど、必要な防災対策を今後も進めてゆく予定です。

静岡大学名誉教授 
由比地すべり対策検討委員会委員長 土 隆一

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