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越美の大規模崩壊地

ナンノ谷大崩壊(明治28年)

ナンノ谷大崩壊

明治28年8月5日、旧坂内村ナンノ谷で大雨により大規模な崩壊が発生しました。

濃尾大地震の4年後でもあり、地震による影響を大きく受けたものと考えられています。

崩壊の一週間前、7月17日の豪雨以降、長雨が続き、特に27日以降はほとんど連続して豪雨が続きました。

そしてナンノ谷の崩壊は2度にわたって発生しました。1回目の崩壊は8月5日午後3時頃発生。これは一時渓流を堰き止めただけにとどまり 、ほどなく土砂とともに流出しました。しかし午後6時頃になって再び大規模崩壊が発生しました。推定の崩壊土量は153万m³で坂内川をせき止めて天然ダムが形成されました。

天然ダムの大きさは高さ38~109m、幅108m、長さ約1500mです。しかし、 8月11日にこれが決壊し、旧川上村、旧広瀬村、旧坂本村などで氾濫を起こし、死者4名、 流出家屋23戸の災害が発生しました。


徳山白谷大崩壊 (昭和40年)

徳山白谷大崩壊

昭和40年9月14~15日にかけての台風24号に刺激された前線よる集中豪雨により、 揖斐川支川の徳山白谷で14日に大規模な崩壊が発生しました。

発生時刻は明らかではありませんが、近傍の旧徳山小学校裏や旧藤橋村東前の谷の崩壊が22時頃であることや、時間雨量(国土交通省徳山観測所)が21時~22時に103mmのピークに達していることから22時頃発生したものと推定されます。推定の崩壊土量は183万m³(東京ドームの1.5倍)で、白谷をせき止め、高さ約65mの天然ダムを形成しました。この崩壊地の周辺には人家などの保全対象が存在しなかったため、崩壊による 直接の被害は生じませんでした。しかし、天然ダムの一部決壊による洪水流は揖斐川左岸の東杉原集落付近で護岸を破壊しました。横山ダムの調節機能が発揮されたため同ダムより下流の影響はありませんでした。


根尾白谷大崩壊 (昭和40年)

根尾白谷大崩壊

昭和40年の豪雨により、根尾川支川八谷の根尾白谷でも大規模な崩壊が発生しました。

発生日時の正確な記録はありませんが、後日の聞き込み記録によると、9月25日の正午頃大音響とともに 崩れたということです。推定の崩壊土量は107万m³で、現在も土砂を生産し続けています。

崩壊土砂のかなりの部分は崩壊地脚部にブロック状に残っていますが、一部は白谷を流下して白谷中流部 を広く埋積し、八谷本川へも流入しています。深いV字谷だった白谷は崩壊土砂によって埋塞されて、幅の広い谷に変わりました。崩壊による直接の被害は生じませんでした。この崩壊地に最も近い人家のある小倉集落は辛うじて埋没を免れました。


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